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11月24日 太陽前座講談会@御茶ノ水

 奇数月に開かれる、講談協会所属の前座さんが集結しての勉強会。

★★★太陽前座講談会(14時30分開演 御茶ノ水・太陽)

●神田伊織 豪傑後藤又兵衛 南山の虎狩り
●一龍斎貞奈 大久保彦左衛門 平助の天狗退治
●宝井琴屯 青の洞門(菊池寛作)
 ▽先日、師匠の琴星先生が40分ほどかけて演じた話をわずか12分に圧縮。短いながらも聴きごたえのある、いい話でした。
 ◇徳川六代将軍の御代の話。中川三郎兵衛尉という旗本の愛妾「おゆみ」は、愛人の市九郎と謀って三郎兵衛尉を斬り殺す。おゆみは三郎兵衛尉の3歳になる息子、実之助も殺そうがするが、市九郎はまだ子供だからと押し留める。2人は金を奪って江戸を逐電する。木曽の山中で一九郎は病を患い動けなくなると、おゆみは金をすべて持って逃走してしまった。なんとか命を取り留めた市九郎は大垣で住職の世話を受け真人間になる。名を了海と改め9年間の修行の後、雲水の旅に出る。
 豊前国山国(やまくに)川に沿う断崖絶壁の難所で、通行人は難儀しており犠牲者も絶えない。ここに洞窟を開ければ人々が救われると、了海は岩の開削を決心した。了海が経文を唱えるとほんのわずかだけだが岩が砕ける。当初はこんな了海を近隣の者たちは笑ったが、次第に手伝うようになり、生き仏と呼ぶようにまでなる。
 こうして18年が経った。一人の侍が「市九郎、見つけたぞ」と言う。彼は中川三郎兵衛尉の遺児、実之助であった。かつての市九郎こと了海は「どうぞ斬って下さい」と言う。村の者が間に入って止め、了海を討つのは、洞窟が貫通するまで待つことで話は着いた。実之助は洞窟の完成を待つがいつまで経っても出来ない。いつしか作業を手伝うようになる。
 それからまた年月は流れ、洞窟の中で了海と30歳になった実之助は2人きりでいた。今日は父親、三郎兵衛尉の命日である。その時岩が崩れ、向こう側が見える。洞窟は貫通したのだ。了海はどうぞ私を斬ってくださいと言う。実之助は仇討は止めたと言う。人助けのために信念を貫き通したこの尊き方をもはや斬ることは出来なかった。実之助は了海の弟子となり、その後は人のために尽くしたという。

●田辺凌天 真田十勇士 女妖術師天人お国
●田辺いちか 本能寺(解説入り修羅場)
●田辺鶴遊 杉山和一 苦心の管針
 ◇寛永年間の話。山瀬琢一という検校は針打ちの名人である。麹町に屋敷を構え使用人は5人もいてなかなかの暮らしぶりである。師走の半ばの雪の降る日の事。娘のお浪は窓の外から人が苦しむ声を聞き付ける。見ると一人の汚い身なりの男がうずくまっている。3日間何も食べておらず立ち上がる力もないという。琢一らは男に暖かい食事を与え、床に就かせる。男は元気を取り戻した。男は伊勢・安濃津から来た杉山和一という盲目の者である。琵琶法師の修行をしていたが、人の役になる仕事をしたいと常々思っていたところ、江戸の針医の山瀬というお方が大勢の人を助けているという評判を聞く。その山瀬先生を探してはるばる伊勢から江戸まで来たと言う。なんという偶然。私がその山瀬琢一ですよ。杉山和一は入門が許された。しかしこの和一という男はどうにも不器用で左の手が震え、針の腕がまったく上達しない。山瀬も見切りをつけ、国許へ帰ったらどうだと勧める。
 お浪の勧めで、江の島の弁財天を訪ねた和一。7日間の祈願をするが、なんの利益もなく、袂に石を入れて入水しようとしていた時、岩屋の番人がそれを止める。自身の身の上話をしていると、足の裏に何かが刺さる。木の葉がクルクル丸まって、その中に松葉が1本突き刺さっている。この木の葉と松葉を触っているうちに、和一は新しい針療治の方法を思いつく。管(くだ)に針を入れた器具を使うのである。江戸へ戻った和一は世話になっている長屋の大工の棟梁に頼み、細い竹の管を作ってもらう。昼は針の稽古をし、夜は按摩をしながら生活費を得る。最初は猫の足を治し、糊屋の婆さんを治療し、次第に評判を高める。こうして杉山流管針方(かんしんほう)は完成した。巷で評判の針医ということで、4代将軍家綱公の治療にあたり見事平癒。京へのぼって検校の位を得、将軍お抱えの針医となった。綱家公からなんでも望みのものを褒美に与えられることになった。和一は目をひとつ欲しい。それで上様のご尊顔を拝したいと願い出たが、さすがにそれは無理である。そこで家綱公は本所・一ツ目に3000坪という広さの屋敷を与えたという。
 (16時27分終了)

171124b太陽前座講談会

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