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10月20日 講談協会 日本橋亭夜席

★★★講談協会 日本橋亭夜席(お江戸日本橋亭 17時32分開演)

●神田伊織 三方ヶ原軍記
●一龍斎貞奈 木村又蔵 鎧の着逃げ
●田辺いちか 三方ヶ原軍記(続き)
●神田すず 太閤記より 清洲城の石垣
●一龍斎貞寿 夫婦餅の由来
●宝井琴調 白隠禅師
 <仲入り>
●宝井琴星 沖田総司
●一龍斎貞橘 天保六花撰~宗俊と直侍
 ◇雲州松平出羽守の屋敷で300両という金を巻き上げた宗俊。この金をバクチであっという間に使い果たしてしまう。やはりバクチはいけないと思いながら歩いていたある日、両国橋のたもとで「三河後風土記」という書物を読んでいる大道講釈を見かける。関心を持った宗俊はじっとこれを聞き入っている。夕方彼方から馬のひづめの音がする。振り返ると侍の乗った馬が傍らを駆け抜け泥水を宗俊にはね掛ける。文句を言おうにも馬はすでに遠くに。翌日、今度こそ文句を言おうと宗俊はまた同じ場所で、往来の真ん中に大の字になって寝転がった。夕刻、例の侍を乗せた馬が再び現れ、宗俊の上をヒラリと飛び越す。宗俊は追い駆けると、伊藤左内という旗本の屋敷へたどり着いた。屋敷の玄関先に座り込んだ宗俊は主人に会わせろと求める。河内山宗俊といえば名代の悪漢。厄介な奴がやって来たと思いながら、左内は応対する。宗俊は懐から一冊の書物を取り出す。これは「三河後風土記」で東照神君家康について記述された書である。この書を馬で跨いだとは無礼千万、腹を斬れと迫る。そこで一人の家来が現れ、馬で宗俊を跨いだのは自分だと申し出る。腹を斬ることに異存はないが、若輩者ゆえ夏には化けて出るという。こう言いながら金を差し出した。ニンマリとした宗俊はそういえばあの時この書物を持っていなかったかもと言って屋敷を去っていく。
 相変わらず、宗俊はバクチ三昧である。そんな時、下谷練塀小路の自宅に訪ねてきたのが片岡直次郎という袴姿の侍。人呼んで直侍(なおさむらい)。宗俊の前に差し出したのが一本の貧乏徳利と腐りかけたイワシ。宗俊が大名や旗本から金をゆすり取っていることを聞きつけ金をたかりに来た。100両の金を貸すよう迫ると、「千両・二千両かと思ったらたったの百両か」と宗俊は高笑いする。さらに証文も要らないといい、逆に直次郎の方が困惑してしまう。一方でそんな宗俊の姿に憧れ、好きになってしまった。
 2日後、今度は上等な酒や魚を持参して直次郎は宗俊の元を再び訪れる。一昨日借りたばかりの100両の金に50両の利息を付けて返済する。自分は肩書こそ旗本でありながら、ゴロツキと呼ばれ毛嫌いされている。一昨日は感服し宗俊には惚れ込んだ。私を弟分にして欲しいと申し出る。こうして宗俊と直次郎は兄弟の盃を交わした。この後、この2人に三千歳という花魁が加わってひと騒動起こることになる。
 (20時41分終了)


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