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10月7日 朝練講談会(貞寿&梅湯)

★★★朝練講談会(お江戸日本橋亭 9時30分開演)

●宝井梅湯 関東七人男 お会式バクチ
 ◇甲州街道八王子の横山宿。柏屋という小料理屋の座敷。藤蔵、周作という2人の子分とともに、赤尾村の林蔵は酒を飲んでる。そこへ隣部屋のお武家が一人、手水場帰りに部屋を間違えて入って来た。そのお武家は秋山陽介という、林蔵がかつて教えを受けた剣術の先生であった。林蔵は高萩の猪之松を斬り殺し、村へは2、3年帰れない。伝手を頼って伊勢へ向かっている途中だと身の上を話す。秋山は身延のお会式バクチの用心棒を頼まれて甲州へ向かう途中だと言う。一緒に行かないかと誘う秋山だが、甲州には殺した猪之松の兄弟分が大勢いる。一旦は断る林蔵だが、結局受け入れて2人の子分を連れて甲州へと向かう。
 身延下・大野の出雲屋という旅籠に入ると、浜松屋善兵衛という世話人が現れる。浜松屋は、猪之松の兄弟分が4人もこの大野にいるというのに、その猪之松を斬り殺した林蔵を連れてくるとはと、厄介の種がやってきたと困惑する。大野の町の本遠寺(ほんのんじ)のお会式バクチは10月12、13日と開かれ、2日間で1年分の儲けが出るという。そこで喧嘩が起こり、人が逃げるようなことになると困るのだ。
 お会式バクチの日、大野の原で各国の親分衆が賭場を開いている。甲州の親分、岩手の脚一が貸元をしている賭場に、昼下がり、1人の旅人らしき男がやって来た。バクチに慣れていると思われるその男。チョボイチで「五」の目が立て続けに出て、10両ほどの元手で125両にまで金を増やす。貸元から乞われて端へ下がったその男。大勝ちをしたら祝儀をやるのが慣わしだがそれをしない。諍いとなり、男は自分は上州の藤岡圭介の所の若い者、目玉の藤太郎だと名乗る。以前、脚一の身内の雨笠の幸次という者が、この藤太郎に斬られた上に目玉を繰り抜かれていた。甲州方と上州方の争いになるというところで、赤尾村の林蔵の仲裁が入るがそれは次回。

●一龍斎貞寿 猫餅の由来
 ◇若き日の左甚五郎。京から江戸へと東海道を下る。小田原の宿の手前で、通りの左側には「本家 猫餅」、右側には「元祖 猫餅」という看板を掲げた店が向かい合っている。「本家」の方は小さな古びた家で老婆が一人で餅を商っているが客は無い。「元祖」の方は大きな綺麗な店で芸者の格好をした若い女性が餅を販売しており繁盛している。なるほど芸者の事を隠語で「ネコ」という。
 甚五郎は「本家」の店の方に立ち寄る。餅を1つ求めると石のように固くて食べられたものではない。甚五郎は老婆に事情を聞く。この店は甚兵衛、お仲という夫婦が3年前に開いた店であった。元は百姓をしていたが子供も無く、老後の生活のためにと餅屋を始めたのであった。ある日店に1匹の猫が迷い込み、餌をあげているうちに居つく。家で飼う事にしタマと名付ける。タマはいつも銭箱の上で寝るが、客が餅の代金を支払おうとすると、タマは右手を差し出しそれを銭箱の中に入れる。この猫の芸当が評判となり、店には続々と客が詰め掛け繁盛し、いつの間にか「猫餅」と呼ばれるようになる。
 これを見た名主の倅が、向かいに店を開くがまったく客が寄り付かない。もう店を閉めるからと3日を限りにタマを借りるがそれでも居つかず、すぐに甚兵衛の家に戻ってしまう。怒った名主の倅は餅を搗く杵でタマを殴り殺そうとすると逃げ出してしまい、それからこの場へ猫が現れることはなかった。いつまで待ってもタマは帰ってこないと甚兵衛は寝込んでしまい、猫餅という看板を掲げて店を続けてくれと遺言を残して死ぬ。
 ここまで聞いた甚五郎。一晩この店に泊めてくれと頼み込む。その夜、甚五郎はガラクタを集めて木彫りの猫を造りあげる。この猫はカラクリ仕掛になっており、餅を猫の手に乗せると前の方に進み、客に餅を持って行く。客が餅を取り上げ代金を猫の手に乗せると今度は売り手の方にそれを運ぶ。これが評判となって、店は再び大層繁盛したという。
 (10時38分終了)

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