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10月4日 群馬県 上毛電鉄の旅

 上毛電鉄は大分以前1度だけ乗ったことがあった。私には日本全国の鉄道を全部乗る(完乗する)という目標があり、その時はこの上毛電鉄も乗り潰すだけの目的の乗車だった。しかし年を取って考えが変わった。乗るだけが目的の列車の旅では意味がない。1ヶ所でも2ヵ所でも途中下車をしながら、観光するとか買い物をするとか歴史を学ぶとか、でなければせめて町の空気を吸うとか、そういうことをしないと本当に列車に乗って旅したことにはならないのではないか。最近つくづくそう思うようになった。上州は歴史のある土地だ。前々からこのローカル電車、上毛電鉄に乗って沿線の史跡を訪れたいと思っていた。さらに調べると講談にも出てくる江戸時代末期の侠客、大前田英五郎の墓もまたこの沿線にあるという。これはこの電車の旅と無理やりにでも結びつけるしかない。

J01桐生明治館01 J02桐生明治館02 J03桐生明治館03 J04桐生明治館04

↑東武桐生線に乗り、相老駅で下車。駅名は「相老」だが、付近の町の名は「相生」という。駅より歩いて7~8分の所にあるのが桐生明治館。元は前橋市に群馬県衛生所として建てられた擬洋館風の建物で明治11年の築。その後、昭和4年に当時相生村であるこの地に移築。現在は国指定の重要文化財になっており、創建当初の姿に復元されている。2階に初代群馬県令である楫取素彦(かとりもとひこ)のコーナーがある。吉田松陰の妹の寿、美和の夫であり、ドラマでは大沢たかおが演じた。写真で見る楫取素彦はそれほどにいい男であろうか?

J11上毛電鉄・富士山下01 J12上毛電鉄・富士山下02 J13上毛電鉄・富士山下03 J14上毛電鉄・富士山下04

↑さて、桐生明治館より徒歩5分ほど。ここより上毛電鉄の旅の始まりである。訪れたのは「富士山」。「ふじさん」ではなく「ふじやま」で上毛電鉄にも「富士山下」というがある。高さ163mの山で、ゆっくり登って10分程。残念ながら頂上からの眺めは良くない。山頂の小さな祠、浅間神社をお参りして下山。しばし次の西方へ向かう電車を待つ。

J21新里村・武井廃寺跡 J22新里村・中塚古墳 J23新里村・山下城跡 J24新里村・山上多重塔01 J25新里村・山上多重塔02

↑富士山下駅より上毛電鉄に乗り、6つ目の新里駅で下車。ここより約6.5㎞の史跡散歩。武井廃寺跡。へその窪みのように見える。塔の心礎のあとだと言われてきたが、実はゴミを焼くための穴だったともいわれている。中塚古墳山城城跡山上多重塔。国指定の重要文化財で保護をするために透明のパネルに囲まれているが、これが汚れていてよく観察する事ができない。先の地震で石塔の頭頂部が落下したのとこと。この付近から見る赤城山の雄姿は見事。膳城跡とめぐって、膳駅へ。

J31大前田英五郎の墓01 J32大前田英五郎の墓02 J33大前田英五郎の墓03 J34上毛電鉄・北原駅

↑2駅だけ乗車して、新屋駅で下車。向かうは大前田英五郎の墓。大前田英五郎の墓は2箇所あるが、ここはその1ヶ所目。田圃ばかりがある地の、少し林の中へ入った墓地の中にある。場所はかなり分かりにくい。前橋市教育委員会の建てた案内板もある。

J41上毛電鉄・大胡駅 J42前橋市大胡・大前田英五郎墓 J43大胡城跡01 J44大胡城跡02

↑上毛電鉄の中心駅、大胡で下車。もう夕暮れ近いのでざっと町を巡る。2ヵ所目の大前田英五郎の墓。英五郎は晩年この地に住んで、亡くなったのもここ大胡。こちらの墓については詳述できません。15分ほど歩いて、大胡城の跡。土塁が綺麗に残り、整備されているが、平日の夕暮れの時間訪ねる人もいない。一人、地元のおじさんか、芝の上でゴルフの練習をしていました。大胡駅から中央前橋へ。日も暮れ、勤め人も学生さんも帰宅の時分。私も帰路につきます。

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