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9月26日 三商講談会@清澄庭園(鯉栄、貞弥、伊織)

 清澄庭園内の涼亭で開かれる三商講談会。今回は講談協会のなかでは一番の若手の前座、神田伊織さんが初出演。

★★★三商講談会(清澄庭園涼亭 17時45分開演)

●神田伊織 岩見重太郎 ヒヒ退治
 ▽高座が始まる前に初めての出演ということで自己紹介。講談の世界に入門したきっかけは、師匠(神田香織先生)の高座を見て初見で「ビビビ」なんて劇的なものではないそう。元から観劇や落語鑑賞が趣味だったが、講談にも興味を持ち、ちょっと習おうかなと思って仕事(塾で国語の指導をしていたとのこと)が休みの木曜日にたまたま香織先生の講談教室が開催されていて、それに通うようになり…、という取っ掛かりだったとのこと。見目もよく、話し方も端正ななかなかの好青年(35歳)で、若い女性に人気が出てもよさそうだ。(もうちょっと「華」があってもいいのだけれど、まだ入門1年目では早いか?)
●一龍斎貞弥 寛永三馬術 筑紫市兵衛の最期
 ▽貞弥さんは10月3日からNHK-Eテレの「旅するイタリア語」という番組のナレーションを担当するとのことです。ガチョウの鳴き声と、秋の虫の声、それにたまにヘリコプターの音が気になってしまった。
 ◇主君の恥辱をすすぐため、薩摩武士の宍戸右源太を斬った筑紫市兵衛。右源太の一族7人から仇討で襲われるが全員返り討ちにする。市兵衛は宇都宮に引き下がり、馬術の稽古をつけながら暮らす。義兄弟である向井蔵人がそこを訪ね、一緒に花見をする。市兵衛は突然の嵐に散る桜の花の様をみながら、自らの姑息さに気づく。帰り道、一人の「おこも」が大勢の者たちに殴る蹴るの目に遭っている。助けるとその「おこも」こそ右源太の子息、小太郎であった。市兵衛は小太郎を自分の屋敷に招き入れる。向井に介錯を頼み市兵衛は切腹。小太郎に親の仇の首を渡すのであった。
 <仲入り>
●神田鯉栄 雲居(うんご)禅師(水戸黄門漫遊記より)
 ◇戦国の世、伊達政宗が18歳の時の冬。大崎城の離れで雪見の宴があった。草履取りの平四郎は、若殿のためにポクリを懐ろで温めていた。そこへ退出しに現れた政宗だが、短気で癇癪持ちの彼はポクリが温い事に気づくと「さては尻に敷いて座っていたな」と平四郎にポクリの片方を投げつける。ポクリは平四郎の眉間に当たりパカッと割れて大変な出血をする。若殿のためにと思っていたのにこんなひどい目に遭った事を理不尽に思った平四郎は城を離れる。何か、大名より上の立場になれるものはないかと考え、僧侶になることを思い立つ。延暦寺で学びみるみるうちに学問を深めていった平四郎は唐(もろこし)に留学。帰国後は桓武天皇の菩提寺、雲居寺の住職となり、名を雲居禅師とする。
 一方、徳川の世になり仙台62万石の大大名となった政宗。荒れ果てていた松島・瑞巌寺を再興する。この寺の住職として招聘されたのが雲居禅師であった。政宗との初めての対面で雲居禅師は瑞巌寺の方丈に招き入れる。方丈の床の間にはなぜか、血の付いたポクリが片方置かれている。これを見て不思議に思う政宗。雲居禅師はかつての出来事を話し、あの時は政宗を憎んでいたが、その憎しみゆえ今のように名誉ある地位に着く事が出来たと打ち明ける。かつて政宗は平四郎と主従の関係にあったが、今度は逆に雲居禅師と政宗は師弟関係になるのであった。
 (19時19分終了)

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