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9月17日 梅湯講談会@駒込、凌鶴の会@永谷新宿

 本日の一番のお目当ては、梅湯さんの「大前田英五郎」。国定忠治と並ぶ上州の侠客で、前橋市内に2箇所、墓があるという。是非これは行くべしと地図で場所も調べてある。ローカル電車の乗り継ぎを含め、なかなか魅力的な旅になりそうなのだが、面倒くさいことは後回しにという性格がたたって一向に実現していない。
 出掛けに慌てて、最近履き慣れているウォーキング用の布の靴で外出してしまう。軽くて歩きやすいいい靴なのだが、こういう雨が本降りの日はダメダメ。靴下まで濡れてしまいました。

★★★第9回宝井梅湯講談会(駒込落語会 14時03分開演)

●宝井梅湯 大前田英五郎
 ◇上州のバクチ打ちの開祖は田中大八という男。身内で久五郎という男がいる。久五郎の2人の息子が要吉と英五郎。兄の要吉は目が不自由だが勘の鋭い男である。弟こそ大前田英五郎であり、最盛期には子分500人、そのまた子分3000人、合わせて3500人の身内を抱えていたという。英五郎は成長し、馬庭念流の剣術の達人になる。この英五郎、福田屋栄次郎、問屋場和太郎合わせて三兄弟と呼ばれる。
 ある時、敵対している貸し元である久宮(くぐう)丈八の身内の者の賭場が、大前田のなわばりを侵した。丈八の元に三兄弟が乗り込むが、丈八は身内が勝手にやったことではなく、自分が指図してやらせたことだという。丈八を叩き斬ろうと相談する三兄弟。しかし丈八は周りを150人という身内の者どもで固め、手出しをする隙がない。明神様の祭礼で丈八も賭場を開くことになる。三兄弟は前の晩から、明神様の拝殿の床下に隠れて、丈八を襲う機会をうかがう。翌日、丈八の賭場は盛況で、夜になってすっかり静まりかえる。ここで三兄弟は丈八を襲い、首を斬り落とす。丈八を斬ったことで名を挙げた大前田英五郎ら三兄弟。しかしこの近辺に居続けることはもはや出来ない。襲った賭場でかき集めた金を3人で分け、これを資金として各々国越えをするのであった。
 <仲入り>
●宝井梅湯 関東七人男 猪之松の最期
●宝井梅湯 大徳寺焼香場(前回の続き)
 ▽信長亡き後の葬儀の場。後継を誰にするかという問題が絡み、家臣同士で焼香の順番をめぐって言い争う。そこに現れた秀吉は、弁舌巧みに喝破する、そんな話。なにしろ難しい語がならび、どこまで理解できるか覚束ないが、こういう格調の高さを楽しめるようになれれば講談ファンとして本物かも。
 (15時57分終了)

★★★新宿田辺凌鶴の会(永谷新宿 スタジオFu-+ 18時31分開演)

●田辺凌天 義満と一休
●田辺凌鶴 赤穂義士銘々伝 赤垣源蔵徳利の別れ
 <仲入り>
●田辺凌鶴 わけあり記者 三浦耕喜
 ◇岐阜県各務原市出身の三浦耕喜。大学を卒業し中日新聞社(東京新聞)に入社。ドイツで3年間特派員をするなど華々しい活躍をする。しかし政治部所属となってドロドロした政局を扱うようになり、過労でストレスを溜め鬱病を発症。4ヶ月の療養をしたのち、生活部に転属。見事に復活した。その後両親の介護のため岐阜支局への移動を希望し会社もこれを認める。しかし今度は本人がパーキンソン病に侵される。
 ▽この話の主人公、三浦記者は4年前に凌鶴先生を取材し、生活面で記事にしてくれた(東海地区では顔写真がカラーだったとか)という縁。先ごろ出版された「わけあり記者」という本を元にこの三浦記者の山あり谷ありの人生を紹介する。この三浦記者は他にも2冊本を出しているとのことで、「ヒトラーの特攻隊」(日本の特攻隊を真似て、ナチスドイツもエルベ特別攻撃隊を創設。100人程の犠牲者が出たという)という話も興味深い。
 (20時05分終了)

 梅湯さんの会が終わって、時間つぶしのため喫茶店を探して駒込の街をうろうろ。ここら辺は文京区と北区と豊島区が交錯している。駒込駅方面へ上る本郷通りの妙義坂で見つけたのが子育て地蔵。特に興味をもったのが3体並ぶ仏像の左側、おかっぱ頭の2人のセーラー服姿の女子学生が、一人が宝珠を一人が錫杖をもっている。2人合わせて地蔵というわけか。案内板によれば、昭和8年にこの近辺で交通事故で亡くなった11歳の仲良し少女を供養するために建立されたという。

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