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9月13日 こまつ座『円生と志ん生』@紀伊國屋サザンシアター

 演劇というものをほんのたまにしか見ない私だが、落語ファンとしてこの「円生と志ん生」は是非見たいと思っていた。2005年の初演で、またNHK-BSでも以前放送されたがいづれも見逃してしまっていて、やっとその望みが叶う。それにしても、落語や講談で3000円でも高いと思っている私にとって、9000円の出費とはまさに清水の舞台から…。少しも見逃してはならじと体調を万全にして鑑賞に臨みます。

★★★こまつ座119回公演『円生と志ん生』(紀伊國屋サザンシアター 18時30分開演)
 井上ひさし作 鵜山仁演出
 出演:大森博史(六代目円生こと山崎松尾)、ラサール石井(五代目志ん生こと美濃部孝蔵)ほか


◇昭和20年8月の終戦直後。大連の宿、日本館。同室に宿泊しているしっかり者で金銭管理もキチンとこなす円生。一方、酒とバクチばかりにはまっている志ん生。朝10時を過ぎこれからは朝食は9時まででないと出せないと宿の者に言われる。終戦の混乱で食料を手に入れるのが大変だという。そこへ元は高級将校の愛妾の2人の女性が現れ、同じ部屋に宿泊させてもらいたいという。2人は高価な貴金属を沢山所持している。これを金に換えれば日本にもすぐに帰れそうだ。円生と志ん生は珍奇な芸を披露し、2人の女性に取り入って一緒に帰国させてもらおうと企てるが、あまりの下品さに、逆に宿を追い出されてしまった。
◇昭和20年12月。逢坂町の娼婦たちの住む家。円生と志ん生はこの宅に厄介になっている。2人は時局に合わないとして日本では演じられない「禁演落語」を娼婦たちの前で披露して喜ばれている。一人の娼婦が円生と志ん生の名が書かれたチラシを持って家に入ってくる。お上の禁じている落語を演じたからだ、これで日本に帰って巣鴨の刑務所に入れると喜ぶ二人。しかしチラシを良くみると「文化戦犯」と書かれている。これはシベリア送りになるということだ。二人が震えあがっていると、ソ連の兵が隣の家まで迫っている。慌てて二人は家を逃げ出す。
◇昭和21年3月。中国人街のボロ家。満州では戦争末期、男どもは根こそぎ動員され、終戦後はシベリア送りになっているということで、ここ大連の街でも日本人の女性の数は男性の数の3倍いるという。そんな女性の中から、財産がありながら相手になってくれる男性のいないご婦人に近づき、養ってもらおうと円生は考えている。落語「火焔太鼓」に使うクスグリを円生と志ん生は次々と考える。まるで売る気のない古道具屋で扱う「無くとも無くとも」構わない全く役に立たない不思議な物。岩見重太郎の草履、平清盛の尿瓶などなど。そこへ4人の女性の亡霊が現れる。女性たちは満州のはるか北の地から、大連をめざして何百キロも歩いていた。途中、どうしても子供の世話が出来なくなり親切な中国人に預ける。まもなく大連というところでソ連兵の銃撃を受け4人とも絶命してしまった。子供に渡して貰いたいと女性たちの亡霊から粗末な物を託された円生と志ん生。世の中にはつまらないと思う物でも、その人にとって宝のような価値のある物もある。火焔太鼓の古道具屋の主人もそういう心持ちだったに違いない、二人は悟るのであった。
<休憩>
◇昭和21年7月。コロンバスという喫茶店。分厚い眼鏡をかけた女子学生が本を読みながら店番をしている。そこへボロボロの服の志ん生、立派な身なりをした円生が現れ、久々に再開する。円生はうまい事、財産がありながら独り身である女性に取り入り、裕福な暮らしをしていた。一方、志ん生は大金をはたいて日本へ向かう密航船に乗る手はずであると言う。二人が三代目小さんの話をしていると、無愛想だった店番の女子学生がいきなり飛び上がる。読んでいたのは夏目漱石「三四郎」であり、その中には「小さんは天才である」という一節がある。円生は志ん生に選別を渡して二人は分かれる。2人の女性教師が現れる。学校に持参する弁当で贅沢なので入れてはならないという米の飯をこっそり持ち込んだ事を、1人は追及する。どうしてもやむを得ない事情があると反論するもう1人。疑心暗鬼の2人は、お互いを「イヌ」「イヌ」と罵り合う。中国人が支配するこの街では、日本人同士の密告、裏切りが蔓延していた。そんな不信感だらけの街に暮らす自分達を嘆くのであった。
◇昭和21年晩秋。大連の街にある修道院。洗濯物のある屋上の箱のような空間で志ん生は暮らしていた。そこへ円生が現れ、日本への密航船の話は詐欺だった打ち明ける志ん生。行き倒れていたところを救われてこの修道院に厄介になっていた。そこへ洗濯物を取り込みにきた修道女が現れる。志ん生の語る小噺一つ一つを聖書の言葉をなぞらえたものだと勘違いをし、志ん生のそのボロボロの身なりから、彼こそは救世主様の再来だと思い込む。そんな修道女たちを、自分たちが追い込まれているからそのような幻影を見るのだと諭す修道院の院長。共産化が進む中国からは脱出するよう上層部から達示が来ている。しかしそれでも苦しんでいる人たちを救うためこの街に残ろうと決意するのであった。
◇昭和22年1月。ついに引揚船が出、志ん生は日本への帰国が叶うことになる。しかし円生は大連のこの地にいい関係になってしまったご婦人がおり、その絡みから今すぐに帰国することは出来ない。大連の港で、日本に帰れば私は名人になっているだろう、そんなことを話しながら2人は別れるのであった。
 (21時08分終了)

170915円生と志ん生01 170915円生と志ん生02 170915円生と志ん生03チケット

 それにしても、本日の座席の番号は「13列の4番」。しかも今日は13日。迷信とか気にする質ではないのですけれどね。


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