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9月6日 福島県富岡町の旅

 今日は、名所・史跡巡りの旅でなくカッコつけて言えば「社会派」の旅である。福島県双葉郡富岡町福島第二原発の立地する町で、事故を起こした福島第一原発の南10kmほどの場所に位置する。避難指示解除準備地域・居住制限区域に指定されていたが、今年4月1日に解除され、立ち入ることも居住する事も自由にできるようになった。鉄道の方も復旧工事が進み、今年の10月21日には常磐線富岡駅までの運転が再開される見込み。それでもなお常磐線は富岡駅から浪江駅まで20.8kmが不通のままである。この富岡町は2011年3月初旬、原子力発電所というものに興味を持ち始めた私が、この町にある福島第二原発のPRセンターへ行く計画を立てていたところで3.11は起きた。それから大きく事情は変わったが、取り合えずこの町へ行く宿願は6年経って叶うことになる。来月まで待てば鉄道が復旧するのだからその時行けばよいのだが、JRの代行バスに乗るなんていうのもなかなか無いことだと今回旅行をした次第です。

z01常磐線代行バス z02福島第二原発 z03富岡駅前・新常磐交通バス

 ↑自宅を出たのは、朝5時少し前。福島県浜通りの拠点、いわき駅から7つ目の竜田駅までは既に常磐線は復旧している。ここからJR代行バスに乗り、1駅分先の富岡駅前まで。途中、三菱重工、鹿島建設、環境省のマークの付いたプラントらしき建物があり、そのマークの横に「がんばろう 富岡町!」と大きく掲げられている。福島第二原発関連の作業施設だと思われるが、具体的に何なのかは分からない。さて富岡駅前に着いた時、すでに11時45分。6時間近くも電車とバスに乗っていた事になる。青春18切符を使ったケチケチ旅行だから仕方ないが随分と時間がかかったものだ。富岡駅は津波の襲来を受け破壊されたが、鉄路の復旧に向け駅舎と駅前広場の整備は遅まきながら進行している。今のところ駅前には工事中のホテルが1軒あるだけで、コンビニはおろか自動販売機ですら無い。ここから町の北外れにある町役場まで2.3kmの距離。片道はバスを使おうと思ってネットで調べると駅前を12時30分発がある。ところがここまで来て、バス停に掲げられた時刻表をみると、12時ちょうどという便がある。30分早く目的地へたどり着けるのは嬉しいが、この先大丈夫なのだろうか。

z11富岡町役場01 z12富岡町役場02 z13震災前・富岡駅模型

 ↑駅前からバスに乗り、約5分で町役場前へ到着。中へ入ると、もちろんもう職員の方々にも混乱はないものの、お昼時だということを考え合わせても訪ねる人は皆無に等しく、ひっそり静まりかえっている。2階には「震災前の富岡駅」の50分の1模型がある。町内で玩具店を経営しており、今は郡山市で避難生活をしている方が作製したそうだ。

z16文化交流センター01 z17文化交流センター02 z18文化交流センター03 z19富岡町図書館

 ↑町役場の隣は、富岡町文化交流センターという大きな建物がある。やはり原発関連の補助金で建設された施設。中には図書館があるが、まだ再開に向けて準備中とのこと。町内には滝川製鉄遺跡があり、江戸時代末期、鉄鉱石を使った製鉄所の跡だそうだが、その模型が館内に展示されている。

z21東京電力・エネルギー館 z22常磐線・跨道橋 z23ホームセンター z24東北電力

 ↑役場の前の町内案内板は震災前そのままの姿で、東京電力・エネルギー館の案内がある。原子力発電をPRする施設だったが、もちろん事故後の福島の人々にとっては用済みとなり、現在はいつ終わると知れぬ『廃炉作業』という厄介事を広報する事務所になっている。不通のままの常磐線ガードをくぐり、ゆるい坂を下ると「ホームセンター・マイプラザ」は休店のままの店がある。雑草が生い茂り無残な姿であるが、再会の目途はあるのだろうか。せきれい橋を渡ると富岡の町の市街へ入る。電柱には「地域とともに東北電力」という看板が掲げられている。東京電力の原子力発電所がある町なのにも関わらず、使用する電力でいえばここは東北電力のエリアなのだ。

z25鹿島建設 z26東邦銀行・富岡支店 z25東電パワグリ z28富岡郵便局

 ↑取り合えず中に人がおり活動しているオフィス等は、解体作業と復興事業を取り扱うゼネコンの事務所、福島県で一番の規模の地方銀行「東邦銀行」の支店、東京電力パワーグリッド(東電の配電部門の子会社)、そして郵便局。生活のインフラ部分から徐々に復旧は始まっていくのでしょう。

z31震災当時の姿の家 z32解体中の家 z33門口バス停解体 z34門口バス停・湯殿山石碑 

 ↑震災によって被害を受けたままの姿だと思われる家屋も散見。ピンクの文字で「解体中」と書かれた旗もよく見かけます。門口バス停の前では、石碑を収めた堂が取り壊し作業中。傍らでは「湯殿山」と刻まれた石碑が横たわっていた。この碑に行く先はあるのだろうか。

z41日吉神社 z42日吉神社02

 ↑階段を15段ほど登った場所にある日吉神社。中は荒れたまま。信仰の場として復活することはあるのだろうか。

z51富岡町・中央商店街01 z52富岡町・中央商店街02 z53富岡町・中央商店街03 z54富岡町・中央商店街04

 ↑富岡町の中央商店街。町のメイン通りといってよかろう。それでなくとも町の旧来の商店街にとっては受難の時代であるのだが、この町のこの商店街は震災と原発事故が衰退に拍車をかけた。車はそこそこ通るものの、震災で被災した建物を解体する様子ばかりが目に入る。町一番の病院であったろう、富岡中央病院は解体工事の真っただ中。商店街中にあった福島銀行、東邦銀行、相双信用組合と金融機関もすべて他所へ移転か、閉鎖。他にも営業している店は無く、商業の町としての機能は失われている。閉じたままの洋品店の中をガラス越しに覗くと、小学生用の運動着が飾ってある。そういえば3月11日は学校の新年度も目前という時期であった。この商店街の中でただ一軒、国道6号に近い地点で金物屋が営業中である。富岡の町へ来て始めて見たふつうに開店している商店だ。

z61富岡は負けん! z62富岡は負けん!02 z63富岡町・ガソリンスタンド z64さくらモールとみおか

 ↑商店街の通りと交差点脇に「富岡は負けん!」というキャッチフレーズが掲げられている。国道6号がクロスする「月の下交差点」。国道の車の交通量はかなり多い。解体工事に再建事業、そして原発関連と、土木と運輸に関しては需要は旺盛だ。交差点脇に「交差点脇に「富岡は負けん!」というキャッチフレーズが掲げられている。富岡は負けん!」というキャッチフレーズが掲げられている。国道を西へ。右手に「さくらモールとみおか」。ヨークベニマルとツルハドラッグ、ホームセンターの3店舗が入居する。スーパーマーケットは他所の一般の店舗と変わらないくらい、商品も豊富だ。店を訪れるのは作業着を着た男性ばかりで、お買い物する主婦の姿はあまり見られない。ましてや子供連れとなると皆無だ。

z71東電福島第二原発・旧エネルギー館01 z72東電福島第二原発・旧エネルギー館02 z73東電福島第二原発・旧エネルギー館03 z74東電福島第二原発・旧エネルギー館04 z75東電福島第二原発・旧エネルギー館05

 ↑ショッピングモールの向かい側、ヨーロッパ調の建物が目を引くが、これが元の東京電力福島第二原子力発電所・エネルギー館。ここが6年前の3.11直前、私が訪問の計画を経てていた場所である。原子力発電はこんなに素晴らしいと一般の人向けにPRする施設であったが、もちろん今はその役目はなく、現在は廃炉カンパニー視察センター」と称している。開館時間は平日のみ8時30分から16時30分。ここに関してはネットでも情報がなく、今日が平日でよかった。館内、というよりは、オフィスの並ぶ廊下に、事故の経過と廃炉作業に関するパネルが並べられている。

z78双葉警察署前・リアルタイム線量計

 ↑その向かいの双葉警察署前。福島県のあちこちに設置されている、円筒形をした「リアルタイム線量計」がここにもある、何気なく見ると国が示した除染基準、1時間あたり0.23マイクロシーベルトの値を超えていますね。


z79富岡町・曲田住宅

 ↑駅へ向かう道路周辺は、振興の住宅地が整備中。まだ居住している人は少数のようです。町の復興は叶うのであろうか。

z81富岡駅前01 z82富岡駅前 z83富岡駅前 z84国道6号・福島第二原発

 ↑駅へ戻りました。コンクリートの橋脚は、駅を跨ぐ陸橋を整備中。グニャリと曲がったコインパーキングの標識が、津波の痕跡を残しています。富岡の町らしくない町歩きの旅もここまで。またひたすら鈍行列車ではるか南の我が家へ向かいます。

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