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9月4日 名所・史跡巡り 御殿場線編

 御殿場線は、神奈川県「国府津」駅と静岡県「沼津」駅を結ぶ路線。新幹線停車駅である「小田原」「三島」を全く無視するような形で走るのが面白い。鉄道ファンでなくても良く知られた話で、現在の御殿場線は元は東海道本線の一部で、東京・名古屋・大阪・神戸を結ぶ日本随一の大幹線であった。それが昭和9年に丹那トンネルが開通して熱海を通るルートに東海道本線は移動。国府津・沼津間の旧ルートは御殿場線というローカル線に格下げになった。現在2~3両編成の電車が走り、ワンマン列車も多い。ただローカル線とはいえ、電車は1時間~30分に1本の割で走っており、旅はしやすい。青春18切符を使ってこの御殿場線の途中下車の旅をしてきました。



y01下曽我駅

y02城前寺・保育園

y03城前寺・曽我兄弟の墓

y04城前寺・曽我兄弟の像 起点の国府津駅を出発して1駅目。下曽我駅で下車。富士山のよく見えるところでこの駅名なら「曽我兄弟」を思い浮かべるが、その通り駅から徒歩10分ほどの寺に曽我兄弟の墓がある。「曽我兄弟の墓」と呼ばれるものは日本全国十数か所あるそうで、なんと九州にまであるとのこと。
 さて、その墓のある城前寺。境内には保育園があり、平日の朝、中からは園児たちの元気な声が聞こえる。その保育園の外壁には、写真の通り曽我兄弟の絵。本堂の裏手には、高さ5mほどの土塁があり、その上に4基の五輪塔が建つ。左側2基が曽我兄弟の墓。右側2基が兄弟の母親、満江とその再婚相手、曽我祐信の墓。もちろん800年前の姿そのままで残っているわけではなく、昭和初期に歌舞伎の中村歌右衛門ら俳優協会の人たちによって整備されたとのこと。4基の墓の手前には曽我兄弟の銅像。講談でも曽我兄弟の仇討ちの話はあるのだが、聴く機会もなかなかなく、しかも難しい。余裕が出来たらゆっくり鑑賞する機会を得たい。

y10山北駅

y11山北駅

y13山北駅前観音

y12山北駅前・D52 次は下曽我駅から5駅先の山北駅で下車。この先は25パーミルという鉄道にしては急な勾配区間が続く。この路線がまだ東海道本線の一部だった頃、もちろんメインは蒸気機関車の時代。蒸気機関車は坂に弱く、この山北駅で補助の機関車を連結した。駅構内には大きな機関庫があり、往時は数百人もの鉄道従業員で賑わったという。駅舎を出て驚いた。駅前の通りには昭和30年代かと思うほどの古びた商店が並ぶ。御多分に漏れず商店街冬の時代、この駅前商店街もシャッターを閉じたままの店が多い。一角に「やまきた駅前観音堂」と書かれた箇所がある。付近の住人たちが「駅前の賑わいをもう一度」と建立したのであろう。肩の凝らない親しみのある観音様である。
 駅裏手に回ってみると「山北鉄道公園」がある。保存展示されているのはD52型蒸気機関車。日本を代表する蒸気機関車といえばD51だが、戦争真っただ中の昭和18年、ひっ迫する貨物輸送に対応すべく、可能な限り大型化、強力化して誕生したのがこのD52。本来は貨物輸送用の機関車で、御殿場線のような急勾配区間では旅客用でも使われた。この公園に展示されているD52は圧縮空気を使って自走することが可能で、実際動かす時もあるという。次回はその機会を狙って再訪したい。

y21御殿場駅

y22名号塔

y23新橋浅間神社

y24御殿場・マンホール さて、再び電車に乗車。山北からは谷も狭まり、東名高速の姿をチラチラ見ながら、いつの間にか神奈川県から静岡県へと入る。沿線の中心駅、御殿場駅に到着。
 駅から南へ徒歩15分ほどの永原追分に建つのが、唯念名号塔。江戸時代末期に建てられたものらしく「南無阿弥陀仏」とユニークな文字で刻まれている。駅方向に戻って新橋(にいはし)浅間神社。富士山への登山口の町らしく(ただしあまり人気のあるルートではないらしい)、境内には一心講(富士講)の石碑が並ぶ。街歩きの道中、下を見るとマンホールのデザインは富士山とD52型蒸気機関車である。古き鉄道ファンにとって御殿場線と言えばD52である。このマンホール、マニアに結構高値で売れるのではあるまいか。

y31富士岡駅

y32駒門風穴01

y33駒門風穴02

y34駒門風穴03 何度目になるか電車に乗り、富士岡駅で下車。富士山からの湧水を源とする小河川に架かる橋をいくつも渡り、20分ほど歩くと駒門風穴(こまかどかざあな)に着く。約1万年前の富士山の噴火で流れ出た三島溶岩流の中に形づくられた洞窟。洞窟の長さは本穴、枝穴合わせて350mほど。洞窟内の温度は1年を通じて13度ほどで保たれ、夏の観光の場としてはこれ以上ない場所なのだが、知名度はいま一つのようである。中に入ってみると結構洞窟は大きく、私のような身体の大きな者でも余裕でした。ただし本穴から枝穴へ繋がる部分で身を屈めないと通れない箇所があります。こういう洞窟探検の難点は、写真を撮っても何が何だか分からないところ。これはやはり実際に出向いて暗闇の世界を経験するしかないのでは。

y41裾野駅

y42定輪寺01

y43裾野・定輪寺・宗祇墓

y44裾野・定輪寺・宗祇墓02 富士岡駅より2つ目、今度は裾野駅で下車。裾野市は名の通り富士山、または愛鷹山のの裾野に位置する。講談協会所属の前座、一龍斎貞奈さんがこの裾野市の出身だとちょっと聞いたことがある。駅舎はローカル私鉄のちょっと大きな駅といった風情。駅前の商店街を抜け、黄瀬川に架かる花園橋を渡りもうすこし進進むと、定輪寺がある。ここにあるのが宗祇の墓。宗祇は室町期、応仁の乱の前後に活躍した連歌師だが、古典文学の素養のない私にはピンとこない。岐阜県の郡上八幡にある有名な「宗祇水」の「そうぎ」かと言われてやっと分かる。ここ裾野市は富士山を源とする清らかな水に恵まれ、また郡上八幡の宗祇水も日本を代表する名水として有名である。宗祇と清水、なにか縁があるようなのだが偶然なのだろうか。また、箱根湯本の早雲寺には、宗祇の供養塔があるとのこと。

y51下土狩駅

y52鮎壺の滝01

y53鮎壺滝02

y54鮎壺の滝03 今度は下土狩(しもとがり)駅で下車。この駅は元は三島駅で、伊豆方面への玄関口の駅であった。昭和9年に東海道本線の新ルートが出来ると市街地にも近いそちら側に三島駅は移転し、こちらの駅はローカル線の1駅に降格した。
 駅からすぐ、徒歩5分ほどの場所にあるのが鮎壺の滝。駒門風穴も形成した約1万年前の富士山噴火の際に流れ出た三島溶岩流の末端で、約8mほどの高低差がある。滝は一筋の水が流れ落ちているだけでちょっと迫力不足であろか。

y61沼津駅・桃中軒

y62沼津駅・駅ソバ

y63沼津発宇都宮行 17時42分、沼津駅に到着して無事、本日の御殿場線の旅は完了。沼津の立ち食いソバ屋といえば創業明治24年という「桃中軒」。浪曲復興の祖と呼ばれる桃中軒雲右衛門の名は当時駅弁屋だったこの店の名にあやかったそうだ。今でも駅弁を売っているようだが、もう時間も遅いので売り切れか。天ぷらそばを食べながら、今日の旅を終えたことを感謝。ここから乗る電車は、沼津発宇都宮行き。静岡、神奈川、東京、埼玉、茨城、栃木と6都県を走り抜けるロングランである。

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