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7月29日 講談貞橘会、琴調・南左衛門二人会@カフェ

★★★講談貞橘会(13時31分開演 らくごカフェ)

●田辺いちか 三十三間堂誉れの通し矢
●一龍斎貞橘 小猿七之助
●旭堂南左衛門 長短槍試合
 <仲入り>
●一龍斎貞橘 天保六花撰 三千歳・直次郎の密会
 吉原大口楼の三千歳と片岡直次郎は思い思われる仲。三千歳は廓抜けをし、直次郎の兄貴分である宗俊の元に身を寄せる。宗俊は2人を添わせたいと思う。宗俊の入れ知恵により、三千歳の客の一人である森田屋清蔵に身請けの金を出させて三千歳を妾宅に住ませ、その後そっとその妾宅から抜け出させてしまえば良いと考える。森田屋に身請けの話を持ち掛けると、彼はこれを引き受けるが、その代わり半年間は直次郎を三千歳と逢わせてはならないとの条件を付ける。森田屋は全てを見抜いていた。
 森田屋の付けた条件を受け入れて身請けされた三千歳は妾宅に住むようになる。森田屋は商売で奥州・蝦夷地へ赴くことになり2ヶ月ほどは留守にすると言う。三千歳は逢引きの手紙を直次郎に送る。夜、直次郎は妾宅にそっと侵入し、2人は逢瀬を楽しむ。こんなことが数回繰り返されて、ある夜、その日も妾宅の二階で2人が密会していると、外の戸がドンドンと音がする。盗人かと思った直次郎。そこへ入って来たのは旅をしているはずの森田屋清蔵であった。三千歳と直次郎は、私が悪い、いや私が悪いと言い合う。深夜なのにも関わらず森田屋は宗俊を呼び寄せる。話し合った結果、三千歳はまた吉原へ戻ることになった。
 吉原の大口楼にまた三千歳が戻って来た。再び直次郎は三千歳の元へ通う。しかし三千歳は、自分のことを大事にしてくれて剣術に優れ男っぷりの良い金子市之丞へと心変わりしつつあるのであった。
●一龍斎貞橘 義経と勇敢な仲間たち
 (15時43分終了)


★★★花形講談会 第4回宝井琴調・旭堂南左衛門二人会(18時02分開演 らくごカフェ)

●田辺いちか 御子神典膳
●宝井琴調 清水次郎長 大瀬の半五郎
 又五郎と半五郎とは兄弟で草加のバクチ打ち。土地の親分、伊草の菊蔵と争いズタズタに斬る。仲裁があって一旦は手打ちをするが、半五郎が上州に行っている間に、又五郎は殺される。殺したのは上総屋五蔵。又五郎の情婦である八幡屋の女郎、お染が手引きしたと半五郎は聞かされた。兄貴の仇を討たなければならないと半五郎は草加に戻る。雨の降る中、半五郎は八幡屋の庭の草むらの陰に隠れている。廊下を歩いているのはお染。半五郎はお染を左肩から斬りつける。息も絶え絶えのお染は、五蔵を手引きしたのは自分ではなく、遣り手のお鉄だと言い残し事切れる。半五郎はお鉄の部屋に入り、斬り殺そうとするが、どうせならさんざん苦しませてから死んでもらおうと、煮えたぎっているお湯を寝ているお鉄の口の中に注ぎ込む。さらに口の中に中長脇差を刺し、お鉄の首を斬り落とす。
 この後、上総屋五蔵の首も取った。3人も殺してしまってはまずいと、半五郎は伝手あって清水次郎長の元に厄介になることになり、四天王のうちの一人として活躍する。
●旭堂南左衛門 侍の洋行
 幕末に開国政策を取る徳川幕府と一番対立していたのが長州藩。毛利長門守は朝廷から外国の勢力を打ち払う、攘夷の詔(みことのり)を受けるが、なにしろ敵の様子がまったく分からない。井上聞多(ぶんた)のちの井上馨を呼び出し、イギリス・ロンドンまで密航し調査するよう申し付けた。無茶なことを言い付かってしまった井上。同行する3人とともに京都から江戸へと出る。さらに江戸で伊藤俊輔(のちの伊藤博文)と出会い、彼も密航に加わることになる。ともかく金が要ると江戸御留守居役の村田蔵六(後の大村益次郎)に三千両を頼むと、どうせ腹を切るなら一緒と五千両の金を渡された。
 伊藤は以前、横浜居留地に住むガールという英国人の貿易商を助命したことがある。このガールを頼ろうと、5人は彼の居館を訪ねる。幕府からの許可のない洋行は禁じられていると断るガール。しかし庭先で切腹する真似をすると驚いたガールは密航の協力を承諾する。
 5人は武士と分からないように、髷を切り靴を履き、西洋の水夫のふりをして汽船に乗り込んだ。上海、そしてロンドンへと渡った5人は、進んだ文化・文明に驚いた。鎖国のままでは駄目だ、日本も外国と交流を持ってこの文化・文明を取り入れなければならないと悟るのであった。
 <仲入り>
●旭堂南左衛門 賤ヶ岳の合戦
 山崎の戦いで明智光秀を倒した秀吉。この秀吉を倒そうと画策するのが、伊勢の滝川一益、岐阜の神戸信孝、そして北陸の柴田勝家である。
 柴田勝家の7万5千の兵が江州柳ヶ瀬へ着陣する。秀吉方は総勢力で柴田勢と相対したいが、まだ岐阜城が落ちていない。木之本に秀吉の弟の秀長が本陣を置き、秀吉は美濃の大垣で指揮を取る。木之本と大垣の間は14里8丁(約57km)の距離がある。
 大垣の秀吉の元に次々と報告が入るが、砦を脱出したとか敵側に寝返ったとか悪い報告ばかり。動揺してはいけないと、報告を受けるたびに「めでたい、めでたい」と言う。
 大谷平馬(のちの吉継)が、岐阜城は自分に任せ、どうぞ賤ヶ岳を攻撃してくださいと言う。秀吉が先頭に立って木之本へ兵を進める。
 長浜の町に着くと町の者が迎えてくれた。秀吉は長浜では年貢を取らなかったので町の者は感謝している。秀吉は、脚の丈夫なものは松明(たいまつ)を持って木之本まで走れ、松明1本に付き1貫文の褒美を与えると言う。銭もうけが出来ると喜んだ町の者。数えきれない者たちが木之本まで走る。
 月の明かりのない夜、賤ヶ岳の砦には勝家方の佐久間玄蕃の1万5千の兵が留まっている。秀吉の軍が攻め入ってくるまでまだ時間がかかると思っていた。そこで無数の松明の灯りを見て、秀吉の大軍が攻撃してきたと大慌て。漆黒の闇の中で玄蕃の兵たちは大混乱に陥る。これが引き金となって柴田勝家の軍は総崩れとなる。勝家は北ノ庄の城まで退却し腹を切る。こうして秀吉は天下人へと昇り詰めるのであった。
●宝井琴調 寛永三馬術 度度平住込み
 (20時30分終了)

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