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8月16日 日本橋亭夜席(主任:貞水)

★★★日本橋亭夜席(お江戸日本橋亭 17時33分開演)

●神田伊織 三方ヶ原軍記
●一龍斎貞奈 木村又蔵 鎧の着逃げ(序)
●田辺凌天 一休禅師 鍵屋の棟札
●宝井琴柑 ボクサー白井義男伝 青春篇
 ▽ボクシング連盟の会長さんに関していろいろ疑惑が報道される中で、なぜかこの1席。
●一龍斎貞橘 宇治川先陣争い
●宝井琴調 人情匙加減
 <仲入り>
●田辺一邑 長州ファイブ 英国密航
●一龍斎貞水 人面瘡(にんめんそう)
 ◇江戸は本郷四丁目の伊勢屋清兵衛という両替屋で二番番頭をしていた甚八。下谷の芸者、小綱(こつな)に入れあげて店の金を使い込み、店にはいられなくなる。小綱という女は甚八にそれほど惚れていたわけでは無いが、行きがかり上2人は夫婦になり、根岸お行の松近くの家に住む。小綱は常磐津の師匠となり、甚八は担ぎの道具屋として2人は暮す。ある日のこと、甚八は右足の膝小僧にデキモノが出来て、足を動かすと痛いと小綱に相談する。医者に診せたところ、これは千万人に一人という奇病で、『人面瘡(にんめんそう)』、または『まんまっ食い』だと言われる。デキモノは自分の目を見ているようであり、膝を動かすと口をパクパクさせているようである。ここにごはん粒を入れるとなぜか痛みが治まる。
 甚八は痛さで仕事で出来ず、自宅でウーンウーンと唸っている。小綱は近所のお嬢さん方に常磐津を教えて生計を立てるが、甚八が気持ち悪いと言って次第にお弟子さんたちも近づかなくなる。このままでは暮らしていけないと、甚八は痛さを堪えて道具屋の商いに出かけるが、歩くとキュッ、キュッと音がする。「泣いている、泣いている」。長屋の子供たちは面白がって甚八の後を付いていき、これでは仕事にならない。。
 さあ、いよいよ生活をどうしようと思っていると、安倍川町の政五郎のところの若い者が訪ねて来る。政五郎は縁日のお祭りの見世物師で、変わった人物を探している。そこで千万人に一人というデキモノを抱えている甚八を見世物にしたいと言ってくる。甚八は見世物の太夫になるが、評判はよく客がいっぱい詰め掛け、次第に待遇も良くなる。
 魚籃坂(ぎょらんざか)の毘沙門様では縁日が15日間あるが、お行の松のから毎日駕籠で通うとなると大変である。甚八は泊りがけで見世物の仕事に出る。小綱は根岸・お行の松の自宅でひとり寂しく待つ。そんなある日、雨が降り出し、一人の若い男が軒下で雨宿りをする。この男は下谷辺りで芸者相手に髪結をしていた荒磯権次であった。バクチにはまり、取った取らないの争いから人を殺めて八丈島に流罪になったが、公儀の恩赦から島から帰っていたのだった。小綱は権次を家に泊め、そのまま2人は深い仲になる。
 しばらく経ち、たっぷり金を貰って久々にお行の松へ帰って来た甚八だが、家には誰もいず屋財家財もなにもない。小綱から甚八へのつれない別れの手紙が一通おいてあるだけだった。
 権次と小綱がやってきたのが千住・掃部宿(かもんじゅく)である。2人仲睦まじく暮らし1年ほどが経った。ちょうど彼岸の頃、2人揃って亀戸の阿弥陀様までお詣りをすると、帰り道はとっぷり日が暮れる。柳島を通りかかり、橋本という料理屋で上等の折り詰めをひとつ拵えて貰う。綾瀬川の川っぺりを歩いていると、ひとりの乞食と出くわす。この男こそ甚八であった。あれから傷がだんだんひどくなって歩くことも出来なくなり、世話する人もいなくなってしまったと言う。甚八が夢中になって折り詰めの料理を食べている隙に、権次は拾いあげた石で甚八の頭を殴りつけ殺してしまう。
 権次と小綱はいったん千住の家へ帰る。今度人殺しが露見したら佐渡の金山送りで何ヶ月と命は持つまい。2人は奥州街道を北へと向かい、小山をめざす。ところが初めての道で迷ってしまい、田舎のあぜ道を歩いているうちに日が暮れる。しばらくして一軒の家の灯りが見える。田舎にありがちな萬(よろず)商いをする店で2人はここで厄介になる。店には50歳を過ぎた婆さんが一人おり、権次と小綱そしてこの婆さんの3人で、焼いたフナを肴に酒を飲む。お互いにその言葉の端々から相手が江戸の者だということが分かる。婆さんの身の上を聴くと、元は下谷・御徒町の林良庵(はやしりょうあん)という立派な医者の嫁であったと言う。子供も女の子と男の子の2人がいた。そのうちに観世春之助という若い能役者と深い仲になり、亭主・子供を置いて2人この小山まで駆け落ちしたが、そのうちに金を使い果たしその能役者にも捨てられてしまった。後に、茂左衛門とという百姓の後妻になったが、その夫も亡くなってしまい今はこうやってひとり暮しているという。小綱の父親は林良庵であると言い、権次の父親もまた林良庵であるという。2人は実の姉と弟であったのだ。兄弟でありながらこのような関係を持ってしまい、俺たちは犬畜生だ。翌朝、権次と小綱は村はずれで心中する。書置きを残し、老婆はこの2人が自分の子供たちであったことを知る。2人が残した金で村人たちは碑を建てる。犬塚村にあるこの供養塔は、地元の人から『畜生塚』と言われ、今も語り継がれている。
 (20時51分終了)

180816a貞水・日本橋亭夜席


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