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8月12日 五日連続読みの会(すず、山緑)

★★★五日連続読みの会(2日目)(日暮里サニーホール コンサートサロン 19時01分開演)

●神田すず 相馬大作(二)矢立峠の襲撃
 ◇平井村の聖天様へ向かう途中であった津軽藩の殿様を落馬させて殺害することに成功した相馬大作。次に狙うのは、津軽藩主の座を継いだ子息である。旅回りの俳諧師という姿で奥州街道を北に向かい、途中から出羽国に入って秋田を通過。秋田と津軽の境、矢立峠の手前の宿場である白沢に着いた。江戸愛宕下に住む住吉派の絵師、飯田竹雅(ちくが)と名乗り、高橋市郎右衛門という者の宿に泊まる。見たところみすぼらしい身なりで大した絵も描けそうにない。『穴の四畳半』という物置小屋のような離れに押し込められる。
 翌朝起きて縁側の戸を開ける。向こうの矢立峠の岩屋から清水が流れる様がなかなかいい景色で、これを絵に描く。絵を見た宿の主、市郎右衛門は感心して紙を差し出し、今度は台所の襖に貼る絵を描いて欲しいと頼む。まもなく『竹林七賢人の遊び』の絵が出来るがこれが見事な出来である。恐れ入りましたとこれまでの非礼を詫びる。大作の部屋も『穴の四畳半』から、一番いい場所である母屋二階の八畳間へと移る。
 本業でない絵を5日も描くと肩が凝る。そこへズトンと鉄砲の音がする。外へ出ると宿の裏手に的がある。肩こりをほぐすのには良かろうと、市郎右衛門に頼んで5,6発撃たせて貰うが、これが見事に的に命中する。大作は駒木根(こまきね)流の火術を修得していたのだ。市郎右衛門から山で猟師をしている吉蔵という者を紹介され懇意になる。2人で山に入り猟をするが、その間に矢立峠をあちらこちら歩き、大作は地形をすっかり頭に入れる。
 この津軽街道・矢立峠は参勤交代で津軽の殿様も通る道である。街道沿いの茨の台という所に庚申堂がある。茶屋などはないが麓の百姓らが交替で参り綺麗に掃除をしているという。殿様がご通行の折には必ずこの場で休憩を取ると、お詣りにきた老人の百姓から聞いた。さらに近くに日の沢(ひのさわ)という頂きがあり、そこからなら木筒の大砲でこの庚申堂を狙える。木の中をくり抜いて筒を造り、吉蔵に頼んで火薬弾を集め、今でいう散弾銃のようなものを拵える。
 明日、津軽の殿様が矢立峠を通るという情報を得た大作は日の沢の頂で待ち受ける。殿様を駕籠に乗せた一行がやって来た。休息のため殿様が駕籠から出ようというところで、大作は木筒に火を着ける。一発、弾が放たれると庚申堂のあたり一面に火の粉が飛び散り、付近は阿鼻叫喚の地獄絵図である。
 大作は市郎右衛門の宿へと戻るが、矢立峠で津軽の殿様が大砲で撃たれたという話は一向に聞かない。果たしてこれは仕損じたのか。次の日に茨の台の庚申堂まで行くと付近は塀などが壊れており、土地の百姓7,8人が掃除をしている。聞くと昨日この場所に雷が落ちたと役人に言われ、その後片付けをしていると言う。峠を越えた碇ヶ関という所でも津軽の殿様に関する安否の情報は聞かない。さらに大作は弘前の城下に入るが、ここでも殿様が死んだという話は一向に聞かない。果たして変死を隠しているのだろうか。湯屋ではだれか噂をしているかも知れない。大作は着物を脱いでひと風呂浴びることにする。しばらくして薄暗い湯舟のなかに2人の侍が入って来た。一人の侍がもう一人に向かって話す。江戸より城下へ戻る参勤交代の一行は、矢立峠の手前の釈迦内(しゃかうち)という場所で泊ろうとしたが、殿の命を狙う曲者が出没してはいけないからと、その日の内に矢立峠を越して弘前の城下に入った。明けて次の日、中村という者が殿様の代わりに駕籠に乗り釈迦内を出発し矢立峠を越したが、その折大砲での襲撃を受け落命した、こう話す。これを聞き大作は津軽の殿様を殺害し損ねたことを知る。しばらく弘前の城下で殿様が現われる機会を伺うが、城の中にいるのではどうしようもない。さて、今度はどうやって狙うのであろうか、その話はまた次回。
●神田山緑 牡丹燈籠(二)お札はがし
 (20時19分終了)

180812bすず・相馬大作@日暮里


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