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5月9日 三商講談会(主任:貞橘)@清澄庭園・涼亭

 昨日・今日の寒さで風邪をひく。咳はそれほどではないが鼻水が止まらず、喉が痛む。

★★★三商講談会(清澄庭園・涼亭 17時50分開演)

●一龍斎貞奈 大久保彦左衛門 筍の亡骸
 ▽なんでもない話のようだが貞奈さんなコミカルなキャラクタとマッチしたのかよく受ける。前座さんが講談に馴染みのない人に語る取っ掛かりとしてこういう話も重要であると思う。
 ◇大久保彦左衛門の屋敷の隣り、川勝丹波守の屋敷の地下から垣根を越えてタケノコが2本延びててくる。屋敷の坊主が彦左衛門に問うと、「討ち取ってしまえ」とこれを切って食べてしまう。さらに川勝丹波守には「タケノコ2人が曲者として侵入したので手討にした」と手紙を送る。すると丹波守からは「せめて亡骸を葬りたいので当方へ引き渡して欲しい」との返事が寄こされた。さて肝心のタケノコはすでに腹の中である。そこで彦左衛門はタケノコの皮だけを「これが亡骸です」といって手渡すのであった。
●田辺銀冶 太鼓結びと一心太助
 ◇大久保彦左衛門と関わった一心太助から数えて7代。根っからの江戸っ子で魚屋稼業の七代目一心太助は鯔背(いなせ)銀杏を結び鯔背足駄を身に着けた威勢のいい男。魚を届けに深川まで出向くが、ここでまた羽織姿で男装をした粋で鯔背な辰巳芸者と出会う。この芸者は小川家美濃吉という。江戸も後期の文化14年、亀戸天神の太鼓橋のお披露目がなされることになったが、お上からは奢侈が禁じられており、羽織さえも着られない。そこで美濃吉は帯を太鼓橋の形に造る方法(太鼓結び)を考案する。こうして江戸後期には芸者間で幇間結びは大流行になり、明治になると一般の女性の間にも普及したという。
 <仲入り>
●一龍斎貞橘 鼓ヶ滝
 (19時09分終了)

180509三商講談会


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