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2月18日 新宿田辺凌鶴の会

★★★新宿田辺凌鶴の会(18時30分開演 永谷フリースタジオ新宿Fu-+)

●田辺凌天 鬼児島弥太郎使者
●田辺凌鶴 西郷隆盛(3)お由良騒動
 ◇薩摩藩の藩主、島津斉興(なりおき)の後継を巡り、正室の産んだ長男、斉彬(なりあきら)を推す一派と、側室であるお由良の方が産んだ久光を推す一派で争いが起きる。斉彬は聡明で開明的な思想を持ち、久光は温和で変化を求めない考えの持ち主である。斉彬側の先頭に立つのは島津壱岐、一方久光を支えるのはお由良の方と島津豊後。斉彬側の家臣が集まり、外出するお由良の方を弓矢の名手である赤松金太夫が殺害する計略を企てる。しかし家臣の中のひとり牧彦之丞はこの企てがうまくいくものかと思い悩み、妻のお花に打ち明ける。かつてお由良の方から世話を受けたこともあるお花は、卑怯な手立てでの女性の襲撃に強く反対する。翌日牧は島津豊後にこの暗殺計画を打ち明ける。驚いた豊後は斉興にすぐさま報告し、お由良の方を討ち取ろうと待ち構えている赤松の元へ捕り手を送る。数十人の捕り手に囲まれた赤松はもはやこれまでと、矢を喉に突き刺し自害する。また首謀者である壱岐は登城したところで計略が失敗したことを知り、刀を腹に差し、お家の安泰を脅かすお由良を責めながら自害する。壱岐の一味は次々と自害し、また流刑になり、免職される。赤山靭負(ゆきえ)もまた自害する。赤山は西郷吉兵衛・吉之助親子と親しい仲であり、切腹する前に、流刑になっている吉之助に自ら身に着けている襦袢(じゅばん)を渡してくれるよう吉兵衛に託す。
 こうして斉彬を推す一派は悉く消散するが、壱岐の怨念がお由良の方を脅かしたのか、久光の藩主就任を辞退し、結局は斉彬が家督を継ぐことになる。斉彬の計らいで吉之助は赦免され、大島から鹿児島上之園へ戻り無事家族との再会が叶う。一方、恩のある赤山の自害を知らされ遺された血に染まった襦袢を見て涙するのであった。
 <仲入り>
●田辺凌鶴 講釈師銘々伝 旭堂南春
 ▽数日後、行政書士の方々の集会がありその場で披露するとのこと。アメリカから来日し講談の道を志す女流講釈師の話と、永住許可の取得をめぐって活躍する行政書士の話をうまくミックス。
 ◇アメリカ・ジョージア州出身のキャロル・アン・ローズは勝新太郎主演の映画「座頭市」を観て日本という国に憧れる。関西外語大学に4ヶ月間短期留学するが、この時はこれといった感想も無く帰国する。アメリカの大学では日本語を学ぶが、先生の「日本の歴史は浅い」という言葉が気になっていた。大学を卒業後コカ・コーラに入社。休暇を使って京都・福井をめぐるが、自由に旅行してみて初めて日本の素晴らしさが分かる。実際に住んでみなければ分からない。会社に直談判し日本への国外転勤を申し出るが叶うはずもない。職を辞して日本でのワーキング・ビザを取得。英語の発音を教える教師として2007年に来日する。休日には日本の歴史を勉強し、着物の着付けを習い、また居合の教室に通う。テレビで見た落語がきっかけで伝統話芸に興味を持ち、それから講談に巡り合う。歴史をベースに虚実入り交えて勇壮に語る講談という芸にすっかり傾倒する。上方講談界の大御所、旭堂南陵を紹介され2013年から週1回教えを請うようになる。南春という名前を貰い、師匠からはプロにならないかと誘われる。しかし自分は英語教師の資格で期限付きのワーキング・ビザを得ているのであり、これ以外の仕事をするわけにはいかない。ある時高座を見ていた弁護士から「永住許可」を取得すればよいと勧められ、ここでお世話になったのが入国管理業務取次者の資格を持つ行政書士の先生である。永住許可を得るための身元の証明、申請手続きなどをスムーズに進め、2017年12月無事永住許可を取得する。 (20時21分終了)

180218新宿田辺凌鶴の会

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