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12月24日 凌鶴ザ・ベスト@新宿

 風邪をひいてしまう。高血圧の治療(といっても血圧を測ってもらい、お決まりの薬の処方箋を貰うだけ)で、一昨日内科の医院を訪れたのだが、ここの待合室でうつされたのであろうか。この時期ふだんからマスクを持ち歩いて、狭く密閉された空間では欠かさず利用しなければと思う。

★★★田辺凌鶴ザ・ベスト(13時31分開演 新宿永谷ホールFu-+)

●田辺凌天 一心太助 旗本との喧嘩
●田辺凌鶴 ゴジラに入った男 高橋春雄
 <仲入り>
●田辺凌鶴 有馬頼寧(よりやす)
 ▽今日12月24日は日本全国の競馬ファンにとって1年のうちで最も重要な日、「有馬記念」の開催日。旧筑後国久留米藩主・有馬家の第15代当主である有馬頼寧はその「有馬記念」に名を残す人物である。ではあるが、凌鶴先生の話すこの有馬頼寧は、女性関係にだらしなく、偉人とか傑物というよりは、代々続く名家・伯爵家の退廃的な匂いが強く漂う人物である。それまで何の関わり合いも無かった競馬の世界になりゆきでポンと身を置くことになり、そして自身の名前が誰しもが知る名として後世まで残ることになる。歴史に名を残すというのは、その道一筋だけではないのだなと、妙なところで感心する。


●田辺凌鶴 お掃除ホームレス
 ◇2005年11月の事。国立市の南武線・谷保駅北口周辺には近くの公園に寝泊まりする3人のホームレスがいる。その中の1人、佐藤鶴雄さんは駅ロータリーで客待ちするタクシーの運転手から「暇ならゴミでも拾ったらどうだい」と声を掛けられる。翌日、ホウキとチリトリを持った佐藤さんが駅前に現れ付近の掃除を始める。それから佐藤さんは毎日毎日掃除を続けるようになった。最初のうちは誰も気にも留めなかったが、そのうちに少しずつ周囲の人々も毎日欠かさず掃除をする佐藤さんに関心を向けるようになる。コンビニの店長は缶コーヒーをあげ、若い男性はハンバーガーの差し入れをする。不動産屋を営む松木さんは佐藤さんから身の上を聴く。25年間、家族とは音信不通であり、生活保護など役所の世話は受けたくないと言う。松木さんは国立市役所を訪ね、佐藤さんの生活保護受給について相談するが、住所不明の者の申請は受け付けられないと断られる。ホームレスの場合、まずは公的施設で共同生活をする必要があるが佐藤さんは人との交流が苦手である。そのうちに佐藤さんには新潟県の関川村に弟夫婦がいることが分かる。しかし佐藤さんは弟には迷惑はかけられないと言う。
 佐藤さんは中学を卒業後、上京。レストラン、建築現場など職を転々とするが人間関係がうまくいかず長続きしない。また高血圧の持病があり施設に入所するが、ここで職員と喧嘩をしてしまい人間不信となってしまった。
 駅で掃除を続ける佐藤さんに声を掛ける人が増える。阿部さんという小学校の女性の先生もその一人だ。佐藤さんには短期の記憶障害があることが分かる。年末年始の「派遣村」が世間に知れ渡った年、国立にも派遣村が開設され、佐藤さんをはじめとした谷保駅付近のホームレスにも弁当が配られる。ここに国立市長が現れ、「緊急一時金」という制度を紹介してくれた。無事に年末年始を過ごすことが出来た佐藤さんは、弟のいる関川村に戻る決意をする。入浴施設で久しぶりの風呂に入り、あまりの気持ちよさについ長湯をする。湯舟を出た佐藤さんはクラクラと目まいを起こし倒れる。脳内出血で佐藤さんはそのまま亡くなった。翌日には故郷の関川村へと帰る予定であった。
 数日後、谷保駅には献花台が設けられる。佐藤さんが掃除をしている姿を誰かが撮影したのであろう。遺影が飾られ、掃除に使っていたホウキとチリトリが並べられる。国立市長、谷保駅駅長ほか数十人が花を供えた。人から感謝される喜びを知った佐藤さんにとって、駅前でのお掃除は生きがいだったに違いない。
 (15時41分終了)
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