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12月19日 講談協会夜席@日本橋亭(1日目)

 最近、私事でいろいろあって講談を楽しむ心境ではないのだが、貞水先生の高座はやはり見ておきたい。空気の冷たさを実感するこの時期に聴く赤穂義士伝はまた格別の味がある。

★★★講談協会日本橋亭夜席(お江戸日本橋亭 17時30分)

●一龍斎貞奈 三方ヶ原軍記
●宝井琴屯 青の洞門
●田辺凌天 御竹如来
●宝井梅湯 加賀騒動 服部と稲垣の武士気質
 ◇加賀前田家六代、前田吉徳公の時代のこと。家臣のひとり、大槻伝蔵はお家横領を企む大悪人である。一方、前田家から三千石を与えられている織田信勝は無役で客分扱いであるものの、信長の血を継ぐという名家であり、信勝に対しては吉徳公といえどもおいそれと口にできない立場にある。また信勝は清廉潔白な気質で曲がったことが大嫌いである。大槻伝蔵の悪事を暴こうと思っているものの証拠が無い。そこで一計を案じる。大槻伝蔵は武士の中でも最下級の身分の足軽出身であった。そこで信勝は伝蔵に出くわすたびに「足軽」「足軽」と罵る。そのあまりのしつこさに気を病んだ伝蔵は吉徳公に相談するが、相手が名家出身の信勝では口が出せない、我慢しろと吉徳公はいうしかない。
 これは伝蔵の家格が低いからだと、吉徳公は伝蔵へ万石の家臣の娘を嫁に与えることを考える。まず1万8千石を取る前田頼母にこの縁談を持ち掛けるが、相手が大槻伝蔵であると聞くと「拙者の先祖は菅原道真公である」と話は一蹴されてしまう。前田頼母から、吉徳公が伝蔵の嫁になる娘を探しているとの情報が家臣の間に広まり、この吉徳公の頼みも話を聞く間もなくことごとく断られる。
 ここに稲垣勘兵衛という家臣がいる。わずか400石取りの身であるが、これは祖父の失態があったからで、元は清和源氏の流れを汲む家柄であり一万石の身代であった。吉徳公からの呼び出しがあり、城へ向かうと大手前で犬猿の仲である服部瀬左衛門と鉢合わせする。2人は激しく口喧嘩をしたのち、稲垣は登城し吉徳公の面前に出る。吉徳公は娘を伝蔵の嫁として与えるよう話すが、服部瀬左衛門をやっつける事しか考えていない稲垣は殿の言う言葉が耳に入らず、つい「ありがたき幸せ」と返答してしまう。吉徳公が何を要求しているか分かった稲垣は慌てて「娘には嫁入り先が決まっている」と嘘をついて断ろうとするが、「相手は誰か」と尋ねられると窮した稲垣は「服部瀬左衛門」と口走ってしまう。
 殿の前で言った言葉を翻せはしない。稲垣は服部の家を訪ね事情を話す。今までのことは水に流して娘を貰ってもらいたい。しかし服部には息子はいない。妻の弟の元に男の子がいるが、生後10ヶ月の赤ん坊である。他にふさわしい相手も見つからず、仕方はなしに2人を縁づかせる。昼は夫を背中に負ぶって、夜は妻がおしめを交換するという実に妙な夫婦である。あまりに不釣り合いなので、これではどうしようも無い。やがて2人は離縁する。しかしこの事が評判になって稲垣の娘を嫁にしたいという者が殺到し、娘は良家に縁づくことが出来た。
 このことがきっかけになり、あれほど仲の悪かった稲垣勘兵衛と服部瀬左衛門は無二の親友となり、いつも一緒にいる「お神酒徳利の家来」と呼ばれるようになる。のちにこの2人の活躍で悪人、大槻伝蔵を倒すことになるのだがその話はまたいつの日か。
●一龍斎貞寿 亀甲縞大売り出し
●宝井琴梅 徳川家康伝 鈴木久三郎 鯉の御意見
 ◇ある冬の日のこと。浜松城の堀に鴨が泳いでいる。これを見た徳川家康は「瑞祥」(良いことが起こる知る兆し)あるとして、城内の水鳥を捕ることを禁止する。これを守らず牧村と野崎、2人の足軽が鴨を捕り鍋にして食べてしまう。事が発覚し2人は召し捕られ牢の中に入れられて斬首を待つ身となる。家中の者たちからもたかが鴨のことでやり過ぎではないかとの声が上がるが、正面から意見する者はいない。
 城内には生け簀があり、信長公から贈られた鯉15~16匹が飼われている。家臣の一人である鈴木久三郎は、殿との将棋の勝負で勝った褒美として生け簀の鯉を頂くことになったと池番に告げて、大きな鯉2匹をを網ですくいあげる。これを御膳所へ持っていって鯉の洗いと鯉こくを拵えてもらい、当番の者たちと共に酒を飲みながらドンチャカ騒ぐ。
 生け簀にやってきた家康は池番から、鈴木が鯉2匹を持ち出したことを聞かされる。もちろん家康に無断でしでかしたことであり、呼びつけると酒に酔った鈴木はフラフラ歩きながらやってきた。家康はなぜこのような事をしたのかと問い質す。鈴木は家康を「日本一の大馬鹿」と罵る。怒り心頭の家康は刀を抜いたが鈴木は手刀でその刀を叩き落し、腕を掴んで家康を投げ飛ばしてしまう。
 忠義一徹の鈴木久三郎がなぜこの様な事をするのか。鈴木が目に涙を浮かべる様を見て家康は気づいた。これは諷諫(ふうかん:遠回しな忠告)である。自らの愚かさを悟った家康は牢の中の足軽2人を釈放し、彼らの面前で謝罪する。また自分に意見してくれた鈴木には感謝の言葉をいう。
 身分の低い自分たちの目の前で、殿自ら頭を下げたことに感銘を受けた足軽2人は、いっそう忠義を尽くそうと決意する。のちの三方ヶ原の戦いにおいて、追手に追われ敗走する家康をこの2人の足軽は死を賭して助け、両名とも命を落としたという。
 <仲入り>
●一龍斎貞友 講談 厩火事
●一龍斎貞水 赤穂義士銘々伝 大高源吾・宝井其角両国橋の出会い
 (20時26分終了)

171219b講談協会夜席

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