記事一覧

12月7日 はなぶさ会@日本橋亭

★★★はなぶさ会(12時40分開演 お江戸日本橋亭)

171207はなぶさ会

●宝井琴屯 青の洞門
●田辺凌天 三十三間堂 誉れの通し矢
●田辺いちか 太閤記より 本能寺
●宝井梅湯 関東七人男(最終回) 林蔵の最期
 ◇高萩の猪之松は赤尾村の林蔵に斬り殺される。上尾の宿・山城屋の花魁の「お山」は猪之松とは夫婦約束をした仲であった。甲州、伊勢へと渡り歩いた林蔵は武州の赤尾村へ帰ってきた。林蔵は子分らを連れて山城屋へと赴き、お山を相手にドンチャカ騒ぎをする。なんとか猪之松の仇を討ちたいと思っているお山。またかつての猪之松の兄弟分の者たちも林蔵の命を狙っている。林蔵の父親、磯五郎は油断をするな、お山という女には近づくな、決して1人にはなるなと忠言するが、林蔵はそれを受け入れない。さらにお山を身請けして自分の女房にしようとして、度々山城屋へと足を運んでいる。
 12月4日、猪之松の一周忌の席でかつての身内である源七と源太郎は、お山の手引きで林蔵をおびき出し討ち取る相談をする。
 文政12年12月18日。その夜も林蔵は子分らと共に山城屋でドンチャカ騒いでいた。そこでお山は他の者に知られぬよう林蔵にそっと告げる。足立屋が建て増しをしその座敷の披露が行われる。その場で林蔵と2人きりでゆっくりと真面目な話をしたいと。林蔵は子分らに「ちょっと一人で川越まで用足しに行く」と告げる。決して林蔵を一人にしてはいけないと彼の父親から言いつけられていた子分を残して、林蔵は一人で足立屋へと向かう。
 足立屋で浴びるほど酒を飲まされ林蔵はベロベロになる。林蔵は手水場へ行った帰り、匕首(あいくち)を額の裏へ隠した。お山と林蔵は一緒の床へ入り、お山はいつも林蔵が肌身離さず懐にしまい込んでいる匕首が無いことを確かめた。寒さの厳しい夜、林蔵は熟睡する。お山は布団横にある林蔵の長脇差をそっと持ち出し、林蔵に気付かれないようにひとり部屋を出る。廊下を出て雨戸を開け、簪(かんざし)を外に向けて放り投げる。これが待ち構えていた刺客たちへの合図だった。慌てていたお山は林蔵の寝ている部屋の障子戸を閉め忘れ、寒風が部屋に吹き込む。この風で林蔵は目が覚めて、お山がいないこと、長脇差が無いことに気付く。そこへ刀を持った刺客が次々と現れ林蔵を斬りつけようとする。応戦する武器が箱枕しかない林蔵だが、ふと匕首を額の裏へ隠しておいたことを思い出す。首尾よく匕首を取り出した林蔵。剣術の達人である林蔵はそう簡単に倒せる相手ではない。刺客の者たちが怯んだ隙に林蔵は屋外へと逃げ出す。そこで待ち構えていたのは力士あがりの閂(かんぬき)の峰吉という者だった。峰吉の持つ竹槍が林蔵の脇腹に突き刺さった。林蔵は竹槍を匕首で切るが、斜めに切られた竹槍は再度林蔵の腹に刺さる。大勢の者たちに滅多切りにされついに林蔵は絶命する。
 討ち取った林蔵の首は、菩提寺にある猪之松の墓前に供えられ、その後林蔵の父親である磯五郎の元に届けられる。
 半年ほど経ち、磯五郎の家を林蔵の剣術の師匠である秋山陽介が訪れる。林蔵の無残な最期を聞かされた陽介は、位牌の前で仇を取ると誓う。銚子の飯沼で峰吉を見つけた陽介はその首を討ち取り、赤尾村の磯五郎の元を再訪して林蔵の墓前にその首を供える。再度長い旅に出た陽介だが元来の酒飲みがたたって中風になり、深谷の宿でひとり静かに息を引き取ったという。
●田辺凌鶴 黒雲のお辰
 ◇享保5年のこと。大和国黒木村は旗本である黒木大和守の領地であった。領主ではあるものの大和守は貧乏で、唄で生活の苦しさを歌いこむ有様だった。これに見かねた領民は、賄賂を使えば大和守にもそれなりのお役が付くかも知れないと、村民から金を集める。75両の金が集まり、正直者として名が通っている新兵衛にこの金を江戸の大和守の屋敷まで届けてもらうことにする。江戸に着き、馬喰町の宿に泊まった新兵衛。昼に宿を出、両国橋の辺りに差し掛かると大変な人でごった返している。今日は両国の川開きで夜には花火が上がる。金を届けに小石川の鷹匠町の大和守の屋敷へたどり着いた新兵衛。見ると袂が切られ、胴巻きが無い。荷物は宿に忘れたと屋敷を離れる。村の者たちに申し訳ない。行く当てもなくウロウロし、昌平橋まで来ると袂に石を入れ身を投げようとする。そこで27,8歳の女性に引き留められる。近くの小料理屋で事情を話すと、私に任せてと女は出掛け、しばらくして店に戻ってくる。女が持ってきたのは財布が15,6個。合わせて金は80両ある。これに女が5両足し75両は大和守の元へ、残り10両は帰りの路銀にしてくださいと言う。この女は「黒雲のお辰」という江戸市中を荒らしまわるスリの胴元で、これら財布も手下の者たちから集めたものである。もう生涯江戸には来ることはなかろう、何か礼をしたいと新兵衛は言う。私もこういう稼業をしているからにはいつか捕まり晒し首になるだろう。そうしたらお経のひとつ、折れた線香の1本でも手向けてください、黒雲のお辰はこう言う。
 大和国黒木村へ新兵衛は戻り、江戸での出来事を女房に話し、村の和尚に話す。盗人にも効くお経として、和尚から観音経を教わる。家の庭に「江戸」「黒雲のお辰」と刻んだ墓を建て、毎日墓前で観音経を唱える。
 10年経ち、黒雲のお辰は250~260人という手下を抱える胴元となっていたが、ついには捕らえられ死罪を待つ身となる。大岡越前がお取調べになると、自分を身代わりに死罪にしてくださいという者が十数人も現れる。これほど人から感謝されているのなら命を助けてやりたいと思う越前だが法を曲げる訳にはいかない。死罪にするには月番老中の印が必要だが、なぜかお辰のところだけ印が無い。その次の月も、さらにその次の月も同様である。これは黒雲のお辰を善の道へ導くようにとの天のお達しに違いない。白洲に呼び出しかつて人助けをしたことはないかと質すと、黒雲のお辰は10年前の出来事を話す。その大和国黒木村の新兵衛というものが、打首になるのを防いでいるのだと越前は言う。
 越前の提言で頭を丸め尼になった黒雲のお辰は、妙達と名を改め諸国を行脚する。名古屋から伊勢へ、そして大和国黒木村へ。一軒の家の庭に綺麗に掃除された墓があり「黒雲のお辰」と刻まれている。ここが新兵衛の家に違いない。十数年ぶりに再会した二人は共に涙を流す。新兵衛は繰り返し礼を言い、妙達もまた礼を繰り返す。妙達は新兵衛が観音経を教わった寺の仏弟子となって庵を結び、この村で生涯を暮らしたという。
●田辺鶴遊 豊竹呂昇

 <仲入り>
●アチャラカコミックス
 ▽ウコン富永さんは「レッドスネークカモン」で名を馳せた東京コミックショウ・ショパン猪狩さんの最後のお弟子さんだとか。鶴遊先生とは古い友人だそうです。相方は小林歩祐樹(ふゆき)さん。前半は師匠の芸「三蛇調教」を。後半はコントで楽しませてもらいました。
●神田山緑 赤穂義士銘々伝 堀部安兵衛 道場破り~高田馬場駆け付け
 (15時50分終了)

講談の情報ページ『講談るうむ』はここをクリック

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント